「一緒に暮らさないなら、本気ではないのでしょう?」。この問いを、六十三歳で再婚された女性がご長女から受けたのは、三年前のことでした。ご長女からすれば、結婚とは同居のことでした。別々の家に住みながら、週末だけ会うという形は、どうしても半端に見えたのです。
けれど、世界を見渡すと、この「別居婚」――英語で Living Apart Together、略して LAT ――を選ぶ中高年は、静かに増えています。北欧、ドイツ、オランダでは珍しくありません。日本でも、特に六十代以降で再出発される方の間で、現実的な選択肢になってきました。
なぜ60代以降は、別居の方が合うことがあるのか
若い頃の結婚は、家を一緒に建て、子を育て、家計を合わせることと一体でした。しかし六十代以降は、多くの方がすでにご自分の家、ご自分の生活リズム、ご自分のお子さま・お孫さまをお持ちです。
そこから二人分の生活を一つにまとめ直すことは、実は若い頃の新婚よりずっと大きな労力がかかります。食事の時間、起きる時間、お風呂の使い方、テレビの音量、お布団の重さ。若いうちはこうした違いを「磨き合う」と呼べましたが、六十代ではお互いの長年の習慣になっています。
別居婚は、この摩擦を避けるための妥協ではありません。むしろ、お互いの尊厳を守るための積極的な選択です。
別居婚の、具体的な三つの形
- 近隣型。同じマンションの別の階、あるいは徒歩圏内の別の家に住む。毎日会えるけれど、夜は別々の家で眠る。
- 平日別居・週末同居型。平日はそれぞれの家で仕事や趣味を続け、金曜の夜から日曜まで一緒に過ごす。
- 遠距離型。一方が東京、一方が金沢、といった別の都市。月に一度、二泊三日で会う。旅行感覚を長く保てる。
どの形が正解ということはありません。ご自身の体力、収入、お子さまとの関係、そしてお相手の希望で変わります。
別居婚の、気持ちの良さ
軽井沢で別居婚を続けられている七十歳の男性は、こうおっしゃいました。「妻と会う日が、未だに少し特別なんです。毎日顔を合わせていたら、多分違っていたと思います」。
この「少し特別」という感覚が、六十代以降の関係を長持ちさせます。会うこと自体が行事になる。会えない日々は、お互いの人生を生きる時間になる。
そして何より、一人の時間が確保されます。六十代、七十代で、朝早く一人で庭を見たい方、夜に一人で本を読みたい方、お孫さまを気兼ねなく呼びたい方。こうした時間は、同居ではどうしても犠牲になりがちです。
お子さまたちが抱く、不安への応え方
「別居婚」と聞くと、成人されたお子さまの中には「お母さん、本当に愛されているの?」とご心配される方もいらっしゃいます。ここで説明しすぎる必要はありません。
横浜・山手にお住まいの六十五歳の女性は、ご長男にこうお伝えしたそうです。「私たちはね、お互いの家を尊重しているの。それが今の私たちの愛情表現なのよ」。ご長男はすぐには納得されませんでしたが、半年たって、お母様が穏やかに過ごされているのを見て、気持ちが落ち着かれたそうです。
お金のこと、相続のこと
別居婚では、家計も基本的には別々にします。これは冷たいからではなく、お子さまや前のご家族との公平を守るためです。
外食や旅行の費用は折半、あるいは収入に応じた割合で分担。家賃や光熱費はそれぞれが負担。大きな買い物は都度話し合う。こうしたルールを、関係の初期に決めておくと、後から揉めません。
相続については、お互いに公正証書遺言を用意される方が増えています。結婚されている場合は法定相続が働きますので、別居でも入籍されるか否かで話が変わります。専門家に一度ご相談ください。
別居婚が向かない方
もちろん、すべての方にこの形が合うわけではありません。毎朝同じ食卓に座ることが幸福だという方もいらっしゃいます。お互いの健康状態が急に変わったとき、別居は不安にもなります。
大事なのは、形を先に決めないことです。お互いの日常を数ヶ月かけて見せ合い、そこから「どの距離が一番穏やかか」を一緒に探られる方が、ずっと自然に収まります。
一つの、小さな提案
もしあなたが今、新しいお相手との同居に不安を感じていらっしゃるなら、最初から形を決めずに、「まずはそれぞれの家で、月に二度の週末を一緒に過ごす」ところから始めてみてください。
六十代以降の関係は、形よりも、一緒に過ごす時間の質の方がずっと雄弁です。別居婚は妥協ではなく、人生の後半に似合う一つの愛の形です。