神戸・北野の坂道を上りながら、五十四歳の女性が思わず声を上げました。「歩幅が昔のままだった」。三十年前、学生時代のデートで、好きだった方の横を必死でついていった、あの前のめりの歩き方。今日はその必要もないのに、体が勝手に覚えていたのです。
久しぶりの初デートには、これが起こります。体と言葉と表情が、若い頃の型に戻ってしまう。懐かしいと同時に、少し滑稽で、そして思った以上に厄介です。
なぜ昔の自分が戻ってくるのか
人は長い間使わなかった感情の回路を、急に起動させるとき、過去のモードに接続してしまいます。車で言えば、エンジンを久しぶりにかけたら、かつての設定がそのまま残っていたようなものです。
二十代で恋愛の仕方を覚えた方は、その頃の癖に戻ります。三十代で恋愛を学び直した方は、そのモードに。ところが、今のあなたはもう五十代、六十代。お相手もまた、若い頃の型で来るとは限りません。モードがずれると、会話はなぜか噛み合わず、帰り道に理由のわからない疲れだけが残ります。
よく戻ってくる五つの癖
- 話しすぎる癖。沈黙が怖くて、話題を次から次へと出してしまう。二十代の緊張が、五十代で再演されています。
- 笑いすぎる癖。相手の言葉に必要以上に反応し、場を和ませようとする。若い頃の習慣が、今は少し不自然に映ります。
- 自分を小さく見せる癖。「私なんて」と繰り返す。昔は謙遜でしたが、今はご自身の人生経験を否定することになってしまいます。
- 褒めを素直に受け取れない癖。「素敵ですね」に対して、即座に否定で返してしまう。
- 質問ばかりする癖。自分の話を避けて、面接官のようになる。
今の自分で、どう立ち直すか
まず、家を出る前に鏡の前で十秒、深く息をします。このとき、口角は上げません。「今の私で、今日の席に座る」と、そっとつぶやくだけで十分です。
席に着いたら、最初の三分間は「お相手をよく見る」ことに集中してください。話の中身ではなく、お相手の表情、声の高さ、手の置き方。これを観察する間は、不思議と昔の癖が発動しません。脳が現在に戻るからです。
そして、五十代以降のデートでは、沈黙を恐れないこと。若い頃は沈黙が不安でしたが、今は沈黙こそが親密さの器になります。お茶を一口飲む時間、お相手の話を咀嚼する時間。これが、昔の自分を席から退場させてくれます。
「私なんて」をやめる
大阪・堺のお見合いパーティーで、五十八歳の男性がこう言われました。「私なんてもう枯れ木ですから」。相手の女性は笑顔でうなずかれましたが、後日「あの一言で私の方が疲れてしまった」とおっしゃっていました。
謙遜のつもりの言葉が、相手には「この方を褒め続けなければ」という負担に変わってしまうのです。五十代、六十代のデートでは、自己卑下はお相手への静かな重荷です。
代わりに、こう言ってみてください。「この年まで、それなりに色々ありましたが、今日はお会いできて嬉しいです」。事実です。謙遜でも自慢でもありません。ここに、今の自分が立っています。
帰り道の、ひとり反省
デートの帰り、心の中で今日の自分を振り返るときに、「若い頃の癖が何回出たか」を数えてみてください。責めるためではありません。気づくことが第一歩です。
京都・岡崎を歩かれた六十一歳の女性は、初デートの帰りに鴨川沿いで立ち止まり、「今日は三回、昔の自分が出た」と手帳に書かれました。次の回は二回、その次は一回に減っていったそうです。そして五回目のデートで、ご自身が自然に今の歳の言葉で話していることに気づかれました。
小さな一つの提案
次の初デートの前に、ご自身のために一つだけ約束してください。「今日は相手に合わせるのではなく、今の自分で座る」と。
若い頃の自分は、ときどき顔を出すでしょう。それはそれで、懐かしい友人のようなものです。でも、席を譲る必要はありません。席に座るのは、今日までの全部を背負った、今のあなたです。